ラスクのMathematics for Everyone!

数学が得意な人もそうでない人もちょっとだけ楽しめるようなブログです。

今度こそアフィンスキームを理解する(1)素イデアルが点とは?

みなさん、こんにちは!ラスクです。
まだまだ世界中、大変な状況が続いていますね。。負けずに数学頑張っていきましょう!!


さて!本ブログでは今回からとあるシリーズを始めたいと思います!
タイトルは
「今度こそアフィンスキームを理解する!」
です。

代数幾何を勉強すると最初に現れるアフィンスキーム。これはなかなか初学者泣かせの概念です。
そこで本シリーズではそのイメージをつかむことを目標に、全五回に分けて解説をしていきたいと思います!

必要な知識は、可換環論と位相空間の簡単な事柄のみです。
私の経験も踏まえて最大限、わかりやすく説明するので是非ご一読ください!


ここで内容に入る前に一つだけ宣伝を。
先日、このブログとは別にYoutubeチャンネルを開設しました!

www.youtube.com


そして今回の記事のおおざっぱな内容を、そのチャンネルにてすでにお話ししています。
もしよろしければこちらも併せてご覧ください(内容は5分後くらいから始まります)。
また、今後Youtubeの方の活動も少しづつやっていこうと思うので、是非チャンネル登録をお願いいたします!!


では長くなりましたが始めていきましょう。


代数幾何学とは何か

まず、アフィンスキームとは何かをお話しする前に、そもそも代数幾何学とは何だったかを簡単に確認しましょう。

代数幾何学とは一言でいえば
多項式の零点集合として定まる図形を研究する学問」
です。
これは何も難しいことを言っているわけではありません。

例えば非常に簡単な例として、中学生で習うような一次関数\begin{align}y=x\end{align}も多項式で表される零点集合の一つです。
より正確に言えば、次の形の\mathbb{R}^2(あくまで例ですので、体は\mathbb{R}で考えましょう。)の部分集合のことを指しています;\begin{align}\{(x,y)\in\mathbb{R}^2\ |\ y-x=0\}\end{align}
そして、これをグラフとして座標平面上に書けば皆さんご存じの通りの図形が定まります。

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y-x=0

もちろんこのy-xというのは、多項式であれば何でもよく、y-x^2y^2-x^3-ax-b、あるいはもっと変数を増やしてx^2+y^2+z^2-1などでもよいです。
ただしあくまで多項式ですから、超越的な関数である\sin{x}e^xなどは(普通は)考えません。

とにかく、このような零点集合としての図形を研究するのが代数幾何学ですから、扱う対象としては非常になじみ深いものであると言えます。


しかし、研究すると言っても何をするのでしょうか?
これについては私も専門外なので一概には言えませんが、大きな目標の一つとしては上で挙げたような図形たちを
「同型の差を除いて分類する」
ということがあります。

この同型をきちんと定義するのは、それこそスキームや多様体の定義を理解する必要があるのでここではしませんが、おおざっぱに言って同様の構造を持っているものを同じ図形とみなすという事です。
このような「分類問題」は途方もない問題でにわかに解けるものではありませんが、それを考える手がかりとして例えば「種数」であったり「コホモロジー」があるわけです。


最後に、これらはどのように研究されているのでしょうか。
一つには、古典的な座標幾何の考えを用いて多項式の零点を定義し、それをもとに議論を進めていくという方法があります。実際、古典的な代数幾何ではこのような方法をとっており、いろいろな結果を導けています。

しかし、あるときグロタンディークという数学者がこの枠組みを大きく抽象化し、イデアルをもとにして代数幾何を進めていく方法を確立しました。このような中で現れるのがスキームアフィンスキームなのです。
この方法は非常に革新的で、現代の数学においてもはやなくてはならない基礎的な理論になっています。

しかし、この抽象化のさせ方があまりにダイナミックであるため初学者には、これが本当に多項式の零点の研究になっているのか、というのがわからなくなってしまうことがしばしば起こります。

今回のシリーズはそのような疑問を少しでも解消するためのものです。
キーワードは、『数学ガール』の結城先生のお言葉である
「例示は理解の試金石」
です!
できるだけ簡単な例から始めることで、スキームというもののイメージを確固たるものにしていきましょう。


ということで、次の節からは第一回の内容である「素(極大)スペクトルの点とは何か?」について話していきます。

素スペクトルと極大スペクトル

以下、Aと書いたら単位的な可換環を表すことにします。

定義1.
Aの素イデアル全体のなす集合を素スペクトルと呼び、\mathrm{Spec}Aと表す。また、Aの極大イデアルの全体のなす集合を極大スペクトルと呼び、\mathrm{mSpec}Aと表す。

この二つが今回の主役です。


注意として、極大イデアルは素イデアルでもあったので以下の包含関係が任意の可換環Aで成り立ちます。\begin{align}\mathrm{mSpec}A\subset\mathrm{Spec}A\end{align}
スキーム論では、主にこの二つの集合を元にして空間を定義し幾何を展開します。つまり任意の可換環に対して、そのイデアル(または極大イデアル)を点とみなすという事です。


はい。。。ここなんですよね。


おそらく代数幾何を学ぼうと思った人の多くが、
イデアルが点ってどうゆうことやねん!!」
という感想を抱くことでしょう。

それまで可換環論を少ししかやってきていない人からすれば「イデアルというのはなんか倍数の一般化であって、素イデアルっていうのは素数の一般化なんだな。」くらいのイメージしかできていないことも致し方のないことかもしれません。
なので、上のようにイデアルが空間をなします!!とか言われても「?」となってしまうわけです。

そしてそれに追い打ちをかけるように、Zariski位相構造層という謎の概念がどばーっと出てきて完全に頭の中は「???」です。
実際、私もスキームに触れた当初は上のような状態に陥り挫折をしました。
でも今回はまさにそのような悩みを解決する機会です。

第一回である今回は、この素(極大)スペクトルという空間の点が一体何を表しているのかをじっくり探っていきます。


ここで、初めから難しいものを考えて混乱しないために、今回は扱う可換環Aは、体k上の多項式環\begin{align}A=k[t_1,\ldots,t_n]\end{align}またはそれをイデアルIで割った剰余環\begin{align}A=k[t_1,\ldots,t_n]/I\end{align}(つまりアフィン代数多様体*1 )に限ろうとおもいます*2
このような形のA有限生成k-代数と呼びます。


それではまず比較的イメージのしやすい極大スペクトルの方から見ていきましょう。

極大スペクトル

一番簡単な例

例1.A=\mathbb{C}[t]
まずはもっとも簡単な対象として複素数係数の一変数多項式環を考えます。このときの\mathrm{mSpec}\mathbb{C}[t]はどのように書けるでしょうか?少し考えてみてください。











答えは以下の通りです。

命題2.\begin{align}\mathrm{mSpec}\mathbb{C}[t]=\{(t-a)\mid a\in\mathbb{C}\}\tag{1}\end{align}

証明.まず、右辺に現れる形のイデアルが極大であるのは\begin{align}\mathbb{C}[t]/(t-a)\simeq\mathbb{C};t\mapsto a\end{align}で剰余環が体になることから良い。
逆向きの包含関係について、A=\mathbb{C}[t]は単項イデアル整域であるから全てのイデアルというのはある(モニックな)一つの多項式fによって生成される。
しかし、今\mathbb{C}というのは代数閉体なのでfが2次以上の多項式であるとそれは一次式の積に分解する。つまりfが生成するイデアルは素イデアルにはなりえず、特に極大イデアルにもなりえない。
fが定数の場合に極大イデアルにならないのは明らかなので、結局極大イデアルは一次式で生成されているものに限る。これで証明できた。



この命題を見ていると、極大イデアルを点とみなすという事が少しわかってくるのではないでしょうか?
なぜなら、今\mathrm{mSpec}Aの各点と\mathbb{C}の各点が以下のような関係で一対一に対応しているからです;\begin{align}\mathbb{C}&\longleftrightarrow\mathrm{mSpec}\mathbb{C}[t]\\ a&\longleftrightarrow(t-a)\end{align}このような対応関係を常に念頭に置くことで複素平面\mathbb{C}極大スペクトル\mathrm{mSpec}A同一視して考えるわけです。

これがアフィンスキームを考える上での一番の基礎です。お分かりいただけたでしょうか?


さて、上の例に納得していただけた人もいろいろな疑問がわくと思います。
そのうち以下では次の3つについて考えます。

①多変数\mathbb{C}[t_1,\ldots,t_n]ではどうなるか?
②あるイデアルIで割った剰余環\mathbb{C}[t_1,\ldots,t_n]/Iの場合はどうなるか?
\mathbb{C}を他の体kに取り替えたらどうなるか?

どれも非常に基本的な問いで、極大スペクトルを理解するうえでは重要なものです。順番に答えていきましょう。

①②の疑問

①②まず一つ目と二つ目の疑問については以下の大定理を使うといっぺんに答えることが出来ます。

定理3.(Hilbertの零点定理 weak ver.)
k代数閉体とする。このときA=k[t_1,\ldots,t_n]/Iに対して以下が成り立つ。\begin{align}\mathrm{mSpec}A=\{(t_1&-a_1,\ldots,t_n-a_n)\mod{I}\\ &\mid a_i\in k,f(a_1,\ldots,a_n)=0\ (\forall f\in I)\}\tag{2}\end{align}


何を言っているかわかるでしょうか?少し見やすくするために記号を導入しましょう。

定義4.kとその上の多項式環k[t_1,\ldots,t_n]イデアルIについて、その共通零点の集合Z(I)を以下で定義する;\begin{align}Z(I)=\{(a_1,\ldots,a_n)\in k^n\mid f(a_1,\ldots,a_n)=0\ (\forall f\in I)\}\end{align}これをイデアルI代数的集合という。

代数的集合は代数幾何の研究対象である多項式の零点集合そのものです。

イデアルで書いてあるからわかりにくいかもしれませんが、例えば\mathbb{C}[x,y]に対してイデアルI=(y-x^2,y-x-2)と取れば\begin{align}Z(I)=\{(x,y)\in\mathbb{C}^2\mid y=x^2,y=x+2\}=\{(-1,1),(2,4)\}\end{align}となります。


この記号を用いて定理中の(2)式を書けば以下のようになります。\begin{align}\mathrm{mSpec}A=\{(t_1-a_1,\ldots,t_n-a_n)\mod{I}\mid(a_1,\ldots,a_n)\in Z(I)\}\tag{2'}\end{align}つまり、極大スペクトル\mathrm{mSpec}Aの点イデアルI代数的集合Z(I)一対一に対応しているわけです;\begin{align}Z(I)&\longleftrightarrow\mathrm{mSpec}A\\ (a_1,\ldots,a_n)&\longleftrightarrow(t_1-a_1,\ldots,t_n-a_n)\mod{I}\end{align}
どうでしょう?\mathrm{mSpec}Aがきちんと多項式の零点集合を考えているんだ、と思えてきましたか?


このことを環論の言葉で言い換えてみましょう。
一度、Iで割る前の多項式環\mathbb{C}[t_1,\ldots,t_n]を考え、通常通り(a_1,\ldots,a_n)\in\mathbb{C}^n\mathfrak{m}=(t_1-a_1,\ldots,t_n-a_n)\in\mathrm{mSpec}\mathbb{C}[t_1,\ldots,t_n]を対応付けます。

すると上で述べたことは以下の同値性を示していることになります;\begin{align}(a_1,\ldots,a_n)\in Z(I)\iff I\subset\mathfrak{m}\end{align}つまり、ある点が考えている多項式の(共通)零点になることを、対応する極大イデアルIを含むということに翻訳できたことになります!!

こうしてみると零点集合の研究に環論が使えそうな気がしてきますね!


以降、例をみていきますが簡単のためAの極大イデアル(t_1-a_1,\ldots,t_n-a_n)\mod{I}と書く代わりに、(t_1-a_1,\ldots,t_n-a_n)と書いてしまう事にします。


例1.(再考)
定理3.を基にして、先ほどの例A=\mathbb{C}[t]をもう一度考えてみましょう。

今、\mathbb{C}代数閉体です。定理の形に合わせるためには、I=0として考えれば良いですね。
すると、(2′)式を使って\begin{align}\mathrm{mSpec}\mathbb{C}[t]=\{(t-a)\mid a\in Z(0)\}\end{align}を得ます。
しかし、Z(0)というのはゼロ多項式の零点集合なので\mathbb{C}全体になります。よって、\begin{align}\mathrm{mSpec}\mathbb{C}[t]=\{(t-a)\mid a\in\mathbb{C}\}\tag{1}\end{align}がきちんと出てきます。これで定理3.命題2.の一般化になっていることが確かめられました。


例2.ここではIを変えることにより様々な形の図形を見ていきましょう。
まず一変数の例から。

A=\mathbb{C}[t]/(t^2-1)とすると定理3.から\begin{align}\mathrm{mSpec}A=\{(t-a)\mid a\in Z(t^2-1)\}=\{(t-1),(t+1)\}\end{align}となり、\mathrm{mSpec}Aは2点からなる集合を表しています。

これは環論の言葉に直せば、(t^2-1)\subset\mathfrak{m}なる極大イデアルは上の2個しかないことを言っています。


次に2変数の例を見ましょう。
A=\mathbb{C}[x,y]/(xy)とします。すると代数的集合Z(xy)は、\begin{align}Z(xy)=\{(x,y)\in\mathbb{C}^2\mid x=0\ \mathrm{or}\ y=0\}\end{align}となります。つまり極大スペクトルは\begin{align}\mathrm{mSpec}A=\{(x-a,y),(x,y-b)\mid a,b\in\mathbb{C}\}\end{align}と書き表せます。これを図で書けば、下のようなxy軸を表していることがわかるでしょう。

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xy

注意深い人にために言っておくと、今この図は少し無理して書いています。
なぜなら本来\mathbb{C}というのは実2次元的な対象なのでそれを2次元分書くと、4次元になってしまい中々図にできません。そこで少し目をつぶって\mathbb{C}を直線で表し、私たちが慣れている座標平面の図にして書いています。
図というのは理解を助けてくれるものではありますが、いつも100%の意味を与えてくれるものではないので、ご容赦ください。

他にもIをいろいろ変え、図形を描いたものを以下に載せておきます。皆さんもいろいろな例を考えてみてください。

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左からy=x^2y^2=x^3x^2y+xy^2=x^4+y^4

では次に\mathbb{C}を他の体に変えたらどうなるかという③の疑問に答えていきましょう。

③の疑問

定理3.を見ると、上の議論は\mathbb{C}でなくてもk代数閉体であれば全く問題なく成り立つことがわかります。
なのでここでは、代数閉体でないようなものとして代表的なk=\mathbb{Q}を考えましょう。

そして考える環はA=\mathbb{Q}[t]とします。
このとき、\mathfrak{m}=(t^2+1)というイデアルAの極大イデアルになっています。
実際、\begin{align}\mathbb{Q}[t]/(t^2+1)\simeq\mathbb{Q}(i);t\mapsto i\tag{3}\end{align}という同型があり、剰余環が体になっています。

ところが、この\mathfrak{m}というイデアル(t-a),\ (a\in\mathbb{Q})という形にはなっていません*3
つまり、\mathrm{mSpec}\mathbb{Q}[t]には(t-a)という形以外の極大イデアルが存在し、ヒルベルトの零点定理が成り立っていないことになります。


もちろん、\mathbb{Q}[t]でも(t-a)という形のイデアルは極大イデアルになっています。これも次のような同型を考えれば納得できるでしょう;\begin{align}\mathbb{Q}[t]/(t-a)\simeq\mathbb{Q};t\mapsto a\tag{4}\end{align}

よってA=\mathbb{Q}[t]においては以下のような真の包含関係が成り立っています;\begin{align}\{(t-a)\mid a\in\mathbb{Q}\}\subsetneq\mathrm{mSpec}\mathbb{Q}[t]\end{align}
左辺の集合は\mathbb{Q}と一対一に対応していますから、この関係式は(少し乱暴ですが)次のようにかけます;\begin{align}\mathbb{Q}\subsetneq\mathrm{mSpec}\mathbb{Q}[t]\end{align}これは多変数にしても同じです。


このように、代数閉体でないk上の有限生成代数においては、素朴な点集合よりも極大スペクトルの方が大きくなります。つまり現代の代数幾何では、素朴な点よりも多くのものを点の概念として採用しているという事です。

これがとても大切です。これを知らずに、極大スペクトルの点を自分の知っている素朴な点と無理矢理当てはめようとすることが、混乱の種になります。代数幾何では(ある程度対応はとれていながらも)点の取り方を新しく定義しなおしているという事を覚えておいてください。

せっかくですからもう少し上の状況を観察してみましょう。
\mathrm{mSpec}\mathbb{Q}[t]において(t-a)と書かれるものとそうでないものの違いは何でしょうか?

もちろん形が違うというのはその通りですが、もう少し重要な違いが表れているところがすでに表れています。
それはどこでしょう?少し考えてみてください。








答えは、体の拡大の有無です。

(4)式で見たように(t-a)という極大イデアルで割った剰余環はtaを代入するという写像によって\mathbb{Q}そのものと同型になります。
しかし、(t^2+1)という極大イデアルの場合は(3)で見たように、その剰余環はtiを代入するという写像によって少し拡大された\mathbb{Q}(i)という体と同型になります。

ここが違いです。

つまり\mathbb{Q}というのは今、代数閉体ではないのでその中に解を持たない多項式というのが存在し、結果2次以上の多項式も既約になりうるわけです。
今の場合はi\mathbb{Q}には入っていないため代入しようとすると、体の方を拡大しなけらばならないという事が起こります。


一般に、A/\mathfrak{m}\mathfrak{m}における剰余体といい、剰余体が最初に決めた係数体kと同型(つまり大きくなっていない)点のことを\mathrm{mSpec}Ak-有理点といいます。
今の場合は(t-a)\mathbb{Q}-有理点であり、(t^2+1)\mathbb{Q}-有理点ではありません。


k-有理点というのはあくまで、初めに与えられた体の中で多項式の零点を探すので、あまり代数閉体を仮定したくないような数論的な状況では重要になります。

この辺の話はアフィンスキームを定義した後、第五回でもう一度お話ししたいと思いますので楽しみにお待ちください。


とにもかくにもこれで代数閉体でない場合についてもある程度わかったことになります。

ここまでの話をまとめます。

  • k代数閉体であるとき)Hilbertの零点定理が成り立ち、代数的集合Z(I)と極大スペクトル\mathrm{mSpec}k[t_1,\ldots,t_n]/Iの間には一対一の対応がある。
  • k代数閉体でないとき)素朴な点集合よりも極大スペクトルの方が大きくなり、その差は剰余体の拡大という形で現れる。
  • 代数幾何で扱っている点集合と素朴な座標幾何の点集合は必ずしも一致しない。


ではこれを踏まえて今度は素スペクトルの方を見ていきましょう。

素スペクトル

簡単な例再び

例3.A=\mathbb{C}[t]
こちらについてもA=\mathbb{C}[t]という環からはじめていきましょう。

ただし今回考えるのは素スペクトル\mathrm{Spec}Aです。
これはどのように書き表せるでしょうか?

答えは次のようになります。

命題4.\begin{align}\mathrm{Spec}\mathbb{C}[t]=\mathrm{mSpec}\mathbb{C}[t]\cup\{(0)\}\end{align}

つまり、極大イデアルでない素イデアルというのは、この場合(0)しかないという事です*4

証明.
\mathbb{C}[t]の素イデアル\mathfrak{p}=(f)f\in\mathbb{C}[t]:モニック、と表す(\mathbb{C}[t]はPID)。\mathbb{C}代数閉体であることから\mathrm{deg}f\le 1であり、もし\mathrm{deg}f=1ならば命題1.より\begin{align}\mathfrak{p}=(f)\in\mathrm{mSpec}\mathbb{C}[t]\end{align}よって\mathrm{deg}f=0であるが、このとき\mathfrak{p}=(f)が素イデアルになるのは明らかにf=0、すなわち\mathfrak{p}=(0)の時に限る。



例1.で見たように、\mathrm{mSpec}\mathbb{C}[t]\mathbb{C}と一対一に対応しています。
では新たに加わったこの零イデアル(0)\in\mathrm{Spec}\mathbb{C}[t]というのは何に対応しているのでしょうか?

結論から言えば、これは\mathbb{C}全体、すなわち複素平面全体に対応しています。


混乱している人も慌てないでください。実はこれはもう説明してあります。
(0)というのは素イデアルですが、ここでは単にイデアルとみなしましょう。
すると例1.(再考)のところで考えたように代数的集合Z(0)\mathbb{C}全体ですから、(0)というのは複素平面全体を表していると考えることが出来るわけです。

環論の言葉に直せば、これは(0)というのが任意の極大イデアル\mathfrak{m}\in\mathrm{mSpec}\mathbb{C}[t]に含まれていることを表しています;\begin{align}(0)\subset\mathfrak{m}\end{align}


そして大事なことは、この(0)のようにいくつかの点をあつめてきたような代数的集合というものも、代数幾何では点とみなしているという事です。

普通に考えたら平面全体を点とはみなさないでしょう。
それでもこれを点とみなして空間を定義することにより、都合の良いことがたくさん起こります。
そのあたりは第四回で少しお話します。

イデアルと既約性

例4.A=\mathbb{C}[x,y]
今度はAとして2変数の複素数係数多項式環を考えます。
先程は\mathrm{mSpec}A\mathrm{Spec}Aの差は(0)だけでしたが、今度はもっと多くのものが出てきます。

例えば(x)というイデアルは素イデアルではありますが、極大イデアルにはなりません。
実際、剰余環を考えると\begin{align}\mathbb{C}[x,y]/(x)\simeq\mathbb{C}[y]\end{align}であり、\mathbb{C}[y]は整域ではありますが体ではありません。

では、この(x)というイデアルどのような図形に対応しているでしょうか?
もう皆さんわかるはずです。



答えは\begin{align}Z(x)=\{(0,a)\mid a\in\mathbb{C}\}\subset\mathbb{C}^2\end{align}すなわちyです。
図形がすぐに想像できた方は、おそらくきちんとスペクトラムのイメージがきちんとできていると思います。


これも環論の言葉に直せば、(x)を含むような極大イデアルというのは(x,y-a)という形のもの、またそれに限る、ということです;\begin{align}(x)\subset(x,y-a)\ \ (\forall a\in\mathbb{C})\end{align}


しつこいようですが、この(x)というのもです。いくつかの点が集まってできた図形も点なのです。




さて、最後に一つだけ重要な事柄を言って終わりにしましょう。
今、素イデアル\mathfrak{p}\in\mathrm{Spec}Aは代数的集合Z(\mathfrak{p})に対応しているという事を見てきました。
しかし、任意の代数的集合が素イデアルに対応するわけではありません

具体的には例2.の中で見たようなZ(xy)という代数的集合については、(xy)が素イデアルではありません。
では、どのような代数的集合が素イデアルに対応するのでしょう?


それは、代数的集合の中でも既約なもの、ということになります。

まだ、\mathrm{Spec}Aに位相を定めていないのできちんとした定義はできませんが、既約性とはおおざっぱに言ってしまえば、二つ以上の代数的集合に分けることが出来ないものを指します。

例えば(x)y軸を表していましたが、これはこれ以上分けられないので既約です。
対して、(xy)xy軸を表していましたが、これはx軸とy軸という二つの代数的集合分けられるので既約ではありません;\begin{align}Z(xy)=Z(x)\cup Z(y)\end{align}


よって素スペクトラムというのは代数的集合のうち、既約なものを集めてきたものだという事ができるわけです*5\begin{align}\mathrm{Spec}A\longleftrightarrow\{\text{既約な代数的集合}\}\end{align}

まとめ

ということで今回は、素スペクトルと極大スペクトルの点が表しているものの意味を解説していきました。
いかがでしたでしょうか?


今回、私が最も伝えたいことは
「ある空間における点の定義は必ずしも素朴なものと完全に一致しない」
ということです。

数学を勉強していると、いろいろな空間に出会いますがそのどれもが想像しやすいものとは限りません。
そのようなものと自分の知っている概念を関連付けるのは大切ですが、無理にそれをすり合わせようとすると混乱を生じます
あくまで新しい空間を定義したわけですから、それはそれとして考えることも重要ではないかと私は思っています。


ではシリーズ「今度こそアフィンスキームを理解する」の第一回はこれで終わりにします。

次回は、Zariski位相を導入し\mathrm{Spec}A位相空間にしていきます。お楽しみに!!

参考文献

基本的には以下の二つの本を参考にしています。

Algebraic Geometry and Arithmetic Curves (Oxford Graduate Texts in Mathematics)

Algebraic Geometry and Arithmetic Curves (Oxford Graduate Texts in Mathematics)

  • 作者:Liu, Qing
  • 発売日: 2006/08/24
  • メディア: ペーパーバック

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*1:多様体の定義には既約性を課す場合もありますが、ここでは単に有限生成性だけを課すことにします。

*2:より一般の可換環(例えば\mathbb{Z}など)については、これらのイメージを持ったうえで同様に考えればよいと個人的には思っています。

*3:もしなっているとすると、t^2+1t-aで割り切れることになります。このとき因数定理よりa^2+1=0となりますが、これはa有理数であることに反します。

*4:これは\mathbb{C}[t]が環として一次元であることを主張しています。

*5:少し注意すると、代数的集合の既約性というのは図形の見た目で決まるものではなく、それを定めている多項式イデアル)で決まります。Z(t)Z(t^2)はどちらも\mathrm{Spec}\mathbb{C}[t]において原点を表していますが前者は既約であり、後者は既約ではありません。