ラスクのMathematics for Everyone!

数学が得意な人もそうでない人もちょっとだけ楽しめるようなブログです。

ABC予想解決記念!整数と多項式の密接な関わり

みなさん、こんにちは!ラスクです。

現在、世界中が大変な状況となっており、日本でも外出自粛が要請されていますね。
なにかと不安の多い毎日ですが、こんなときこそ自宅で数学をしましょう!
1人で黙々と本を読むのもよし、オンラインで誰かとセミナーをやるのもよし。
熱中している間は、陰鬱な気分を忘れることができるかもしれません。


さて、最近数学界において大変嬉しい出来事がありました。
私のブログを読んでくださっている方々なら、もうご存知だと思います。
そう!2020年4月3日、
望月新一教授が「ABC予想」を解決したとされる論文の査読がついに完了した
京都大学から発表がありました!!

平たく言えば、ABC予想」が解決した!ということです*1。めでたい!


整数論を専攻する身としては、何か記事を書かねばと思い、考えを巡らしました。
しかし「ABC予想」の凄さやその主張の意味に関しては、すでに多くの方が記事や動画で解説されているので、本記事ではそのようなことはお話ししません。

代わりに「ABC予想」を題材にした「整数と多項式の関係性」についてお話ししようと思います。
この考え方自体は現代の整数論や数論幾何学といった理論の根底にあるものです。
とはいってもあまり難しい話はせず、高校生でもギリギリ読める程度で書きます。
大学で習うような代数学の概念の気持ちを知ることが出来るように書いたので、是非身構えずに気軽に見ていって下さい!


では始めましょう。



そもそもABC予想って?

まずは今回証明されたABC予想とはどのようなものなのかを確認しましょう。

まず用語の定義です。

定義1.
どの二つも互いに素な正の整数の三つ組(a,b,c)であって、\begin{align}a+b=c\end{align}を満たすようなものをabc-tripleという。

定義2.
整数N\neq 0に対し、その根基\mathrm{rad}(N)Nの互いに異なるすべての素因数の積とする。

この二つを用いて、主張を述べます。

ABC予想
任意の実数\epsilon>0に対し、実数K(\epsilon)>0で、すべてのabc-triple(a,b,c)に対し\begin{align}c< K(\epsilon)(\mathrm{rad}(abc))^{1+\epsilon}\tag{1}\end{align}となるものが存在する。


先ほども述べた通り、ここではこの主張の詳しい解説は致しません。
ただ、上の主張において\epsilon=0とすることは出来ないことには注意しておきましょう。

この辺りのことはtsujimotterさんが非常にわかりやすい記事を挙げてくださっているので、そちらをご覧ください。
tsujimotter.hatenablog.com


望月新一先生は、この予想を「宇宙際タイヒミュラー理論」という新しい理論を使うことによって解決しました*2
もちろん本来であれば、この理論の気持ちだけでも伝えたいのですが私にその力はありません。
なので、知りたい方は加藤文元先生の本をご覧ください。

宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃

宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃

とにもかくにも、一応これでABC予想の主張は理解されたことにいたします。以下、区別のため上の主張のことを整数版ABC予想という事にします。



多項式版ABC

ABCに必要なもの

さてここからが本題です。
上で述べた主張を整数ではなく多項式で考えてみましょう。

整数論(というか数学全般)にあまり馴染みのない方は、なんでいきなり多項式??となるかもしれません。
これはABC予想の主張に必要なものを考えてみればわかるかもしれません。


ABC予想の主張に必要なものとは以下の三つです。

①和と積
素因数分解
③大きさを評価するもの

順番に説明すると同時に、多項式がこれらを有していることを確認しましょう。

以下、簡単のため多項式はすべて実数を係数に持つようなものとして考え*3、その集合を\mathbb{R}[x]と表します。

①和と積
これに関しては説明不要だと思います。さすがに足し算や掛け算のできない状況では何もできません。
そして多項式も足したり、掛けたりすることは普通にできますからOKです。

素因数分解
このことが必要な3つのもののうち、一番クリティカルです。
abc-tripleの定義の中で互いに素という条件があったり、根基の定義で整数Nの素因数を考えていることから、素因数分解が必要であることがわかります。
より正確に言えば、どんな要素も素数(と符号)の積に一意的に表される、ということです。

このことは多項式でも成り立ちます。
これをきちんと述べるために多項式における素式というものを定義しておきましょう。

定義3.
定数でなく、最高次の係数が1多項式が実数上既約であるとき、\mathbb{R}[x]素式であるという*4

例を見てみましょう。
例4.

  1. x-2x^2+x+1などは、定数でなく、最高次の係数が1である。さらに実数の中でこれ以上因数分解できないので既約である。したがってこれらは素式である。
  2. 2x^2-1は最高次の係数が1でないので素式でない。
  3. x^2–5x+6は\begin{align}x^2-5x+6=(x-2)(x-3)\end{align}と因数分解できるので素式でない。


わかりましたでしょうか?定数かどうかや最高次の係数は見た瞬間わかるので、気をつけるべきは既約性ですね。

そしてこの素式を使って\mathbb{R}[x]上の素因数分解を述べると以下のようになります。

命題5.
任意の多項式P\in\mathbb{R}[x]は素式P_1,\dots,P_m\in\mathbb{R}[x]と定数a\in\mathbb{R}を用いて\begin{align}P=aP_1\ldots P_m\end{align}と一意的に表せる。

これも例で見てみましょう。
例6.
\begin{align}x^2-7x+12&=(x-3)(x-4)\\x^3-8&=(x-2)(x^2+2x+4)\\2x^4-2x^3-4x^2+6x+6&=2(x^2-3x+3)(x^2+2x+1)\end{align}


やってみればなんてことはない、ただの因数分解ですね。
ただ、素式の最高次の係数は1しか許されていないので、頭に係数を付けることを忘れないようにしましょう。

こうして、多項式でも素因数分解ができました

特に、このことを使って


多項式P_1,P_2が互いに素である:\iff P_1,P_2が共通の素因数(素式)を持たない

多項式Pの根基\mathrm{rad}(P)=(Pの互いに異なるすべての素因数の積)


と定義することができます。整数の時と全く同様にするわけです。


③大きさを評価するもの
整数や実数には大きさというものが自然に定まっていました。
25はどちらが大きい?と聞かれたら5!と小学生でも答えられるでしょう。
(1)式の中でも大きさの比較をしているのでこれは必須条件となります。

しかし、多項式の大きさというものは普通は定まっていません。x^2+x+4x-3どっちが大きい?と聞かれても困ってしまいますね。
それでも、多項式に大きさを決めることはできます。

今回はその多項式の大きさを次数によって定めましょう
つまりx^2+x+4x-3であれば、次数の大きいx^2+x+4の方が大きいと答えるわけです。

何とも雑な評価だ、と思われるかもしれませんが多項式版のABCではこの次数を比較します。

以下、多項式Pの次数を\deg{P}と書くことにします。



以上で、①②③を多項式が有していることがわかりました。
つまり、少なくとも主張を述べるだけであれば多項式においてもABCがつくれるわけです。
この①②③の性質については後でもっと詳しく述べることにして、お待ちかねの多項式版のABC定理を述べましょう。

多項式版ABC定理

整数の時と同様、
どの二つも互いに素な多項式の三つ組(A,B,C)であって、\begin{align}A+B=C\end{align}を満たすようなものをABC-tripleということにします。

定理の主張は以下の通りです。

定理7.(ABC定理)
(A,B,C)を全てが定数でないABC-tripleとする。このとき\begin{align}\max{\{\deg{A},\deg{B},\deg{C}\}}<\deg{\mathrm{rad}(ABC)}\end{align}が成り立つ。


意味は分かるでしょうか?
つまりABC-tripleが与えられたときそれらの次数は全て、ABCの根基の次数よりも真に小さいということを言っています。
この定理の主張を見ると、整数版ABC予想よりもかなりすっきりしている印象を受けますね。一体何がちがうのでしょう?


それはずばり、整数版ABC予想における\epsilon0にできており、加えてK(\epsilon)1とできている点です。

これが、決定的な違いであり多項式版のABC定理は整数版のABC予想よりも強いことを要請しています
にもかかわらず多項式版のABC定理はかなり初等的に証明することができます。
ただ、この定理を証明することが本記事の目的ではないので、簡単に証明の概略だけ紹介することに致します。
是非、意欲のある方は各自で行間を埋めて頂きたいですが、難しいと感じた方は適宜読み飛ばしてください*5

証明の概略

以下、多項式P\in\mathbb{R}[x]微分P'と表す。

まず\begin{align}D:=AB'-BA'\end{align}とおく。このとき、A+B=Cとすべてが定数でないことから\begin{align}D=AC'-CA'=CB'-BC'\neq 0\tag{2}\end{align}が従う。

次に、Dの定義から\deg{D}\le\deg{AB}-1がわかり、この両辺に\deg{C}を足すことで\deg{C}+\deg{D}<\deg{ABC}を得る。(2)によるDの別表示を使う事により、結局\begin{align}\max\{\deg{A},\deg{B},\deg{C}\}+\deg{D}<\deg{ABC}\tag{3}\end{align}が得られる。

ここでDA_1:=\frac{A}{\mathrm{rad}(A)},B_1:=\frac{B}{\mathrm{rad}(B)},C_1:=\frac{C}{\mathrm{rad}(C)}全てで割り切れる(すなわち公倍数である)ことが、Dの定義と(2)式、A,B,C素因数分解を考えることでわかる。

今、A,B,Cはどの二つも互いに素であったからA_1,B_1,C_1もそうであり、DA_1B_1C_1の倍数である。
するとD\mathrm{rad}(ABC)ABCの倍数となり、結局\begin{align}\deg{ABC}\le\deg{D}+\deg{\mathrm{rad}(ABC)}\end{align}が従う。これと、(3)式を合わせることで、主張を得る。




整数論における「整数」と「多項式

二つの世界の豊かさと不思議な類似性

さて、前節では多項式版ABC定理の主張と証明を紹介しました。ご理解いただけたでしょうか?
ここでABCの主張に必要な要素を復習しましょう。それは以下の三つでした。

①和と積
素因数分解
③大きさを評価するもの

ここで一度③はおいておきます。

今からこれらの条件をもとに、代数学で習う用語をババっと説明していきます。

①のように和と積の構造が定められている集合のことをといいます。
特に環のうち、積が可換(つまり積の順序を入れかえられる)なものを可換環といいます。
そして、可換環であって0でない元同士を掛けても0にならないようなものを整域といいます。
さらにさらに、整域であって②のように一意的な素因数分解(と呼べるもの)が出来るものを一意分解整域といいます。


色々な用語がいきなり出てきて混乱しているかもしれないので簡単にまとめると、これらは以下のような関係にあります。


 \supset 可換環 \supset 整域 \supset 一意分解整域

この順番でだんだんと条件がきつくなっていきます。
これらを勉強したことがない人からすれば、①②はさておき、積が可換なんて当たり前だろ!とか0でない元を掛けて0にならないのなんて当然だ!といいたいかもしれません。

しかし、代数を少しでもかじってみるとこれらを満たさないような環というのは山のようにでてきます。
すなわち、一意分解整域は上で述べたような様々な条件をクリアした優秀な人たち(環たち…?)といえます。


そして、今述べたいことは、「整数」という環も「多項式」という環もどちらも一意分解整域であるという事です!
整数については小学校などで習った通りで、多項式についても前節で述べたとおりです。

よって、「整数」も「多項式」も様々な条件をクリアした優秀な対象であり、互いによく似た性質を持つ対象であるといえます。

もちろん、条件の強弱というのは相対的なものでしかないので、これだけで優秀とか、似ていると言ってしまうのはマズイかもしれません*6

それでも、これら二つの対象の上ではとてつもなく豊かな世界が広がっており、その二つの世界同士が不思議な類似性を持っていることは多くの研究で分かっています。
誤解を恐れずに言えば、この「豊かさ」と「不思議な類似性」に整数論の面白さの一つがあるといえます。


ちなみに、③についてはあまりはっきりとしたことは言えません。
というのも③で書いた"大きさ”というのは非常にアバウトな言い回しです。先ほどもちょっと言ったように「多項式の大きさを次数で測りましょう!」というのはあまりにも雑な気がします。なので③については、とりあえずここではABCの主張に必要な要素なんだ、くらいに思っておいてください。

現れる大定理・大予想

さて、上で述べたことを聞いてどう思ったでしょうか?
「うん。確かに整数と多項式は似ている性質がたくさんあるな…ふむふむ」と思っていただけたら嬉しいですが、中にはいろいろ文句をつけたい人もいるでしょう。それもまた正しい反応だと言えます。

今回の題材であるABCであっても、整数版と多項式版では色々相違点があります。
大きくは前節で述べたような、\epsilon>0,K(\epsilon)>0(整数版)と\epsilon=0,K(\epsilon)=1(多項式版)の違いがありますが他にもあります。

そもそも方や整数の大きさを比較していて、方や次数を比較しているのは同じABCとしてよいものか。。

だったり。

多項式版の方は(多少端折りましたが)高校範囲で証明できてしまうのに対し、整数版は今回「宇宙際タイヒミュラー理論」という壮大な理論を用いて証明されたもの。

だったり。
これが似ているというのは…うーんという気持ちもわきます。。


またABC以外にも、整数と多項式で類似の主張があります。二つご紹介しましょう。どれも泣く子も黙る大定理(予想)です。


皆さんご存じの整数版フェルマーの最終定理

\begin{align}X^n+Y^n=Z^n\ (n\ge3)\end{align}を満たすような自然数X,Y,Zは存在しない。
は証明するのに350年以上かかった超難問です。

しかし、この自然数という部分をそのまま多項式に書き換えたものに関しては(先ほどのABC定理を使って)初等的に示すことが出来ます


少し難しい例になってしまいますがお許しください。
まず、リーマン予想というのは整数に深く関係している問題でミレニアム問題の一つに設定されています。

そして、ヴェイユ予想というのは(かなり乱暴な言い方をすれば)リーマン予想多項式類似ということが出来ます。ヴェイユ予想も非常に難解であることには変わりありませんが、ドゥワークやグロタンディーク、ドリーニュといった20世紀の大数学者たちによって解決されています。

しかし、リーマン予想はいまだに難攻不落で未解決問題のままとなっています。


(こう聞くと整数の方が難しくて、多項式のが簡単なんだ!と思いがちですがそうともいいきれません。)


こうして説明していると、そろそろ
似ていると言ったり、似ていないと言ったり、どっちなんだ!!!
と怒りの声が聞こえてきそうですね。
ただこれに関して、少なくとも私のレベルでは「どちらともいえない」という他ありません。

似ていることもあれば、全然似てないこともある。
共通の道具が使えることもあれば、使えないこともある。

このような何とも言えない関係を踏まえて、先ほどは「不思議な類似性」という言葉を使いました。

そしてこの「不思議な類似性」を追いかけていくと歴史上の数学者たちが示した驚くべき定理や理論たちに出会うことができ、それは非常に魅力的なことだと思うわけです。


まとめ

という事で今回は「ABC予想」を題材に整数と多項式というテーマでお話しをしました。
いかがでしたでしょうか?

書いていくうちにテンションが上がってきてしまい、最後の方はほぼ個人の感想のようになってしまいましたね(笑)
読み返すのが恥ずかしい限りです。

それでも、この記事が誰かの共感を誘ったり、少しでも勉強のモチベーションアップにつながれば幸いです。

まあとにかく、望月先生の論文の査読が完了したのは本当にめでたい!
みんなで喜び合いましょう!バンザイ(/・ω・)/


では最後までご覧いただきありがとうございました!!

コメントはどんなものでも絶賛受け付け中です!
気に入ってくださった方は「読者になる」ボタンやTwitterフォローもポチッとお願いします!

それではまた次回お会いいたしましょう!

参考文献

ABC定理に関しては次の本を参考にしました。証明も詳しく載っています。

f:id:rusk_mathematics:20200408025056p:plain

*1:あくまで「平たく言うと」です。査読が完了したからと言って完全に数学的に正しいかどうかが保証されたわけではありません。ただ、それを言い出すと中々言い回しが面倒になりますので今回はこのように書いています。ご了承ください。

*2:ただし、宇宙際タイヒミュラー理論の凄さはABC予想が解決できるから、という理由だけではないと思っています。

*3:実際には多項式版ABC定理は標数0の体上の多項式環で成り立ちます

*4:この定義では、素式と多項式環における素元は別のものです。素元は既約性があれば十分ですが、今回は多項式環における素因数分解が本当に一意になるために、最高次の係数が1という条件を課しました

*5:コメントやtwitterで質問してくださってもかまいません

*6:実際にはもっと強い条件も共有しています